仙台 ・ 泉ヶ岳ミーティング chronicle

若葉の定禅寺通り

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仙台も若葉が萌えだしました。

一日に外で遊べるのは1時間だけ・・・公園に出て保育できる
隣りの福島市では そのような状況になりました。
南風が吹く夏の間中は 
仙台に住む者としても似たような感覚をもちます。
仙台市では モニタリングを独自に設置&公表していない (5/19現在)

かと思えば・・・
会津に修学旅行に出すのは親として不安だなどと・・・
親の気持ちを代弁したつもりになってるのだろうけど
でもこの仙台市長の発言はおかしい
さらに・・・
仙台に観光旅行に来てほしい と付け加える。
よく考えると・・・
同じ東北の、原発被害の甚大な福島や会津の皆さんには
たいへん失礼な発言だと言わざるを得ない。

大局を見て発言すべき要職者として、
ともにこの難局を乗り越えよう と呼び掛けることこそ
大事ではないか? そう思う。
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地元の河北新報紙に 奥山仙台市長批判の声が載ってしまった。
5月16日 夕刊記事である。

宮城知事・南三陸町長 アピールの陰で…
仙台市長、かすむ存在感


 東日本大震災の発生以降、仙台市の奥山恵美子市長の存在感がかすんでいる。マスメディアを活用し、窮状や要望を切実に訴える佐藤仁宮城県南三陸町長や村井嘉浩同県知事に比べ、「動きが見えない」との声は少なくない。被災地最大の基礎自治体のリーダーとして、一挙手一投足に注目が集まるだけに「もっと積極的にアピールしてほしい」との意見は根強い。

◎会見は週1震災前に戻る/「発信弱い」批判も

 奥山市長の指示や生の情報が飛び交う災害対策本部の様子が報道機関に全面公開されたのは、大震災発生から3日後の3月14日だった。市長の記者会見が再開されたのは3月21日。週に2回開いた時期もあったが、現在は震災前と同じ週1回のペースに戻った。

 南三陸町の佐藤町長は町全体が壊滅的な被害に遭って混迷する中でも、3月13日から4月30日まで毎日、記者会見に臨み、全国に支援を訴えた。
 村井知事は災害対策税や水産業復興特区の創設など、賛否が分かれることを承知の上で、復興に向けたアイデアを矢継ぎ早に打ち出し、県内外で議論を喚起している。

 奥山市長も震災以来、被災地の視察をはじめ、県市長会長として国への要望活動、国内外から来仙した要人の応対などに追われたが、庁内からも物足りなさを指摘する声が漏れる。
 ある市幹部は「常に県に先行された感がある。市長は弁が立つのだから節目節目で市民に強いメッセージを打ち出してほしい」と話す。

 市議会の与党会派からも「リーダーシップをフルに発揮し、率先した情報提供を心掛け、市民の安心感の醸成に努めてほしい」と注文がついた。ベテラン市議は「失敗を恐れる職員の考え方から脱皮できていない。国に政策を提言し、実現を働き掛けることは、むしろこれからが重要だ」と挽回を期待する。
 「非常時にこそ、市民の役に立ちたい」と語る奥山市長。政治家としての底力が問われている。


2011年05月16日月曜日
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by sendai-isme | 2011-05-01 13:25 | 東日本大震災